京都の近代建築を考える会

近代建築を考える会です

公団東大路高野住宅集会所

第2回市民が選ぶ文化財
「公団東大路高野住宅集会所」

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公団東大路高野住宅集会所

所在   京都市左京区高野開町1番地23
竣工年  1908(明治41)年
改装   1978(昭和53)年
構造   煉瓦・鉄筋コンクリート造スレート・陸屋根2階建
所有者  日本都市整備公団東大路高野住宅団地共有部分
設計・施工者 横河工務所
改築設計 川崎清

選考理由
京都北郊、田畑ぱかりの高野川の氾濫原に、鐘ヶ淵紡漬が京都工場を建設したのは1908(明治41)年のことです。
拡大する市城はようやくこの地に及び、近代的な紡績工場が操業を始めました。広大な敷地に幾棟も建ち並ぶ鋸握根、煉瓦造の工場群は強烈な存在感を市民に与えました設計は横河工務所。
建築家・横河民輔が創始したこの会杜は近代建築のみならず工場、橋梁など士木の分野まで、近代日本のインワラ整備に大きな足跡を残しています。
以来60年余に及ぷ操業の後、産業構造の変化によって、1975(昭和50)年に工場は閉鎮されました
閉鎖から3年後の1978(昭和53)年、工場跡地は川崎清氏の設計で公団東大路高野住宅として再生されました。緑豊かな広い敷地の中の優れたモダニズムデザインの集合住宅は、多くの市民に「高野の公団」としてその存在感を与えています。
その現代的な集合住宅に過去の記億を与えるように、工場であった当時の建築が集会所として再生され、周囲の煉瓦壁とともに風景に深みを与えています
今回選考の集会所は工場の気かん室として使用されてきました。
正確な竣工年月日は不明ですが創業時か、ほど遠くない時期と思われます。
川崎氏によれぱ、当初この集会所や煉瓦壁以外にもいくつか保存、再生したい建物、檎造物もあったようですが、公団の方針で現状に落ら着いたようです。
このようにして保存、再生された集会所は鉄筋コンクリートで補強され、屋根のトラスは一部陸屋根となったものの、外観は接続する鋸状の煉瓦壁とともにかっての工場としての記億を残しながら、住民のための集会所として利用されています。
現在の管理者である団地の管理粗合は当集会所を愛着を持って管理、利用されており、周囲の公園とともに住民の憩いの場となっており、市民が選ぶ文化財にふさわしい建築であり、ここに第2回市民が選ぶ文化財に選定します。
2005年6月18日 京都の近代建築を考える会